伝統的な漆農業において、漆掻きの職人たちは初夏から秋頃までをかけて、ウルシの木から「うるし」の原料を採取します。
―――6月、漆掻き職人たちは山の神に手を合わせ、作業の無事と豊作を願い、ウルシの幹に傷を入れます。
夏の初めの頃には、切れ込みを入れても樹液は少ししか出てきません。しかし何度も作業を繰り返し、夏の盛りの頃にもなると、大量の樹液がウルシの木から溢れ出ます。
ウルシは落葉樹林なので秋には紅葉します。やがて採取シーズンの終わり、樹液の枯れたウルシの木は切り倒されます。
伝統的な「瀬〆(セシメ)」と呼ばれる方法においては、切り倒した木の枝を集めて、枝の先からもうるしが採られました。これは仕事の少なかった冬場の内職のようなもので、取れ高が少ないことから毎年かならず行われるというものではなく、漆産業が低迷している近年では特に「セシメ」まで行われるケースは珍しくなっています。セシメで取れた漆は「瀬〆漆」と呼ばれ粘度が高く、素材としても別に取り扱われます。
ウルシの木は樹液を採られ切り倒されますが、根は死んではいません。翌年には蘖(ひこばえ) [*1] が伸びて再生します。しかし、またうるしが採れるほどの木に成長するには、それから10年以上の歳月を必要とするのです。
消費者中心主義の社会に破綻が見えてきて、このままでは地球資源が保たないということがいよいよわかってきた今日、一説によればわたしたちは、1970年頃にまで消費の速度を落とさなければならないと言われています。つまりわたしたちの現代は、過去の生活様式に未来の社会構造のヒントを求めるようになってきていると言えるのかもしれません。「うるしプロジェクト」では、伝統的な「漆掻き職人」の仕事を通じて、人間と自然の向き合い方に目を向けています。
伝統的な漆農業において、ウルシの木からは樹液の最後の一滴までが搾り採られますが、後にまた木が再生するように、木そのものを最後まで抹消することはありません。森という生命に寄り添ったようなその生活様式には、なにか今後のわたしたちの社会を考えるための、ヒントが隠されているのではないでしょうか。
|||| 漆塗りのうルシの枝 ||||
漆掻きシーズンの終わり、樹液を搾り取られたウルシの木は切り倒され、その枝は破棄されます。この破棄される木の枝に、加工品としての「漆」を塗って作品としたのが« 漆塗りのウルシの枝 » (2021) です。
また、この作品の発展形として、現在制作中なのが « 漆塗りのウルシの木 » です。「うるしプロジェクト」では、2021年6月より、京都府福知山市で漆掻きの取材を行ってきました。作品 « 漆塗りのウルシの木 » は、半年間撮影を続け、2021年のシーズン末に伐採されたウルシの木に、漆を塗って保存する(作品化する)プロジェクトです。
ウルシの木に漆を塗るそれは一見すると、とても無意味なことのように思えます。
―――なぜ無意味なのか?
それは「漆は美しさを助長する、高級なものへと昇華するために使われる」といった、一般認識が存在するからではないでしょうか。
「見慣れたもの」を「見知らぬもの」に変えるのは、アートのひとつの効能です。
言葉は使い続けると日常化し、やがて意味が滑り落ち、「自動機械化」してしまう。これを指し、古代ギリシャ人は「ドクサ」と呼びました。「漆は美しさを助長する、高級なものへと昇華する」という思考(思い込み)が凝結すると、素材に対するイメージは「ドクサ化」します。わたしたちは実物を見る前から、「漆=美(あるいは美しいものに塗られている)」という思考を、無意識(無自覚)の上に作り上げているのかもしれません。
一方で、ロシア・アヴァンギャルドのシクロフスキー(Viktor Borisovich Shklovskiy)らによって確立された概念「オストラネーニエ(異化作用 / Defamiliarization)」とは、ものを再・非日常化させることを指します。
作品 « 漆塗りのウルシの枝 »は、原材料としての「うるし」を抽出され、破棄される「ウルシの木の枝」に、人が手を加えて精製し、高価な素材となった「漆」を塗料として使用するというものです。無意味なもの、飾り立てても仕方のないものに高級塗料を使用する意味とは?ましてやそれが、素材を抽出した原材料であるとすれば?行為は必然、「ウルシからうるしを抽出する意味」に働きかけます。人はなぜ手間をかけて「ウルシ」から「うるし」を抽出するのでしょうか?
当然ですが、一本のウルシの木を「漆」で完全に保護するには、その木から採れたうるしだけでは賄いきれません。これは、一個人の消費するエネルギー量が、必ずしもその個人が生産するエネルギー量とは一致しない、資本主義経済の中で消費者生活を送る、わたしたちの姿にも似ています。
作品 « 漆塗りのウルシの木 » は、自己に対する問いと矛盾を内包しながら、物質社会の価値転換を思考する、プロジェクトのアイコンとして機能するのです。
2004-2006年 大韓民国 ソウル、2006-2011年 フランス パリ、2011-2015年 チェコ共和国 プラハ を拠点に活動。アジアから中東、ヨーロッパを中心に20カ国以上でサイト・ス ペシフィック・アー トを制作発表。
"うるし"という素材を多様化させ、空間に内在する音・光・香りな どの表現を探求する。京塗四 代目三木表悦に師事。2019年日本煎茶工芸展黄檗優秀賞。2020年 漆器組合青年部展京都商工会議所会頭賞ほか。
西洋音楽に興味を持ち、その歴史や時代背景をモチーフとして作品を制作している。作曲の経緯や 時代背景に着想を求め、パフォーマンスやワークショップを通して、別の言語へと転化させよう と試みている。
うるしプロジェクトではプロジェクトの主旨に賛同し、支援してくれる方を募集しています。支援は一口 10,000円からで、支援額に応じて石井、おーなり、梶原の、いずれかの作家の小作品を贈呈致します。
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うるしプロジェクトでは300万円という目標金額を設定しております。支援金は、2023年以降のプロジェクトの継続に使用させていただきます。